スタッフ日記

2019/04/15「障がい」ということ

 

左利きだった私のいとこは、

小さい時から厳しくしつけられ右利きなりました。

 

でも今は左利きの人の多くは左利きのまま過ごします。

 

 

昔男の子になりたかった私の友人は、

それを隠すのが辛くていつも泣いていました。

 

でも今は泣く以外の方法があるんじゃないかなと言います。

 

 

 

私たちは右利きが多数派なので、

うっかりそれが「普通」とか「正しい」と

勘違いしてしまうのかもしれません。

 

見た目と心の性別が同じなのが多数派なので

うっかりそれが「普通」で「正しい」と

思い込んでしまうのかもしれません。

 

 

左利きを治そうとした親たちは、子どもが多数派でいるほうが良いはずだと信じていましたし

性のあり方は1種類のほうが良いと信じる多くの人がいました。

 

でも私たちは、多数派が正しくて少数派は多数派になるべきだ

という考え方に大きな違和感と居心地の悪さを感じています。

 

 

いろいろなあり方や生き方を認めない、多様性を認めない、ということは

私たち自身が誰かのあり方や生き方を妨害することになります。

 

 

私たちは誰かの生き方を「障害する者」にはなりたくありません。

 

 

発達症があることを他人に伝えるのはまだまだ難しいことです。
 
でも5年後、10年後はどうなっているのでしょうか。
 
それは、私たち自身に課せられた未来への大切な宿題なのだと思います。

 

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